初めてのお葬式(その1)

5月8日15時32分母が亡くなった。73歳である。
いろいろ病気持であったが、心臓が悪く、心不全で亡くなった。

心臓の症状が出てきたのは一昨年であろうか。ついに入院をするようになり、当初は即手術みたいな話で渋る母も結局は手術に同意したのだが、途中で主治医が手術をやめると言い出した。
この辺りの経緯は不明で入院は父がタッチしていたのだが、その理由を聞けばよかったのに、押しが弱いのか聞きそびれてしまった。まあ、その後はよくあるように入退院を繰り返し、入退院の間隔が短くなっていった。最後は退院後2日で緊急搬送され、救急車の中で心肺停止してしまい、通院している病院ではなく近所の大学病院に搬送され3日で亡くなった。最後の3日間は生命維持装置をつけており意識はなかった。
手を握ると握り返すようなことはあったらしいが、それだけだった。

 

勤務中に父から連絡があり、勤務先で母の死去を知った。
特に何か虫の知らせのようなものはなかった。私が鈍感なのだろう。
ただ、翌日にたまたま有休をとっていたので、対応は楽だった。
私は出不精で、人付き合い、親戚付き合いも苦手で、葬式に出るのは52歳のこの歳になって初めてである。
ただ、最後の3日間にもう駄目だろうということで、葬式の話を父とした。
よく言われるように病院付の業者に足元を見られてぼったくられる話を聞いていたから、「直葬」にしようということになった。
母も生前、焼くだけでいいと言っていたというのもある。
で、親戚も呼ばない、知らせないことになった。
父の実家は寺なので、葬式の話をすれば面倒になると思ったのだろう。
私は父方、母方の親戚が誰なのかあまりイメージが出来ない。幼少の頃は遊びに行ったこともあったけど、低スペックに育ってしまい、世間体が悪いということもあり、あまり親戚に近況なども伝えたくないというのもあった。
だから私は親戚付き合いがない。
直葬で検索すると出てきたのがイオンのお葬式と近所の斎場のサイトだった。
どちらでも構わなかったのだが、イオンに資料請求し、近所の斎場には父が資料を取りに行った。


で、話を戻す。病院から父に危篤の連絡が入ったが、結局間に合わなかったそうだ。
主治医から心臓マッサージをしてもよいが、遺体が傷むがどうするかと質問があったとのことで、父のほうで断った。

病院に到着し、確認を行い、生命維持装置の電源を落とし、死亡診断書を書いてもらった。
病名はあったが、死因は不詳にされた。
死因を出すには解剖しないといけないとのことで父が断った。


父から連絡があった時、葬儀屋の連絡先が分からないとのことで、イオンのお葬式の番号を職場にいた私がネットで調べ、伝えた。その後父が手配をした。
直葬プラン」をするのかと思ったが「火葬式プラン」にしたようだった。
私のほうはどうしても仕事が外せなかったので、定時に上がり、自宅に戻った。
父は葬儀屋と打ち合わせをしており、不在だった。
その後、父が帰ってきて、母の遺体がちょっと痛ましいので、エバーミングのオプションをつけたとのこと。
後日サイトを見たら「直葬プラン」だとオプションをつけられないという記述があったので、それで「火葬式プラン」にしたのだろう。

www.aeonlife.jp

 

続く。